philinia @ 2011-06-21 14:30

结交他的人都是有目的的。人们对他只有敬畏和仰慕,并不真的喜欢他。这道理其实很浅显,绝大部分人都热衷于跟比自己傻的人待着,很少有人愿意在人精的身边衬托自己的二逼。所以好多人都喜欢小动物和小孩子,就是因为这些东西够傻。不少姑娘一见到小猫小狗小人儿都会迫不及待的搂抱,接踵而至的就是很嗲的说好可爱欧~,听得我阴毛都竖起来了。有时候可爱和憨态可掬的潜台词就是弱智。小猴子也很好玩,喜欢的人就少多了,因为猴子机灵到能戏弄人,那些人没有驾驭猴子的自信。同理,喜欢小孩的都是喜欢他们的单纯与缺心眼,在他们眼里,小孩跟小动物没有本质区别,也都是四条腿走路,露着屁眼随时拉撒。如果遇到一个小天才,3岁就会心算三位数乘法或者知道傻逼二字的正确写法,她们一定会骇破了胆。所以那些喜欢养猫狗的女士们别再标榜自己有爱心了,你们其实比谁都缺德。


 
philinia @ 2011-02-23 05:06

退学って「お願い」するもんなんだと初めて知りました.というわけで,前々から 言っていた通りに,大学院に退学願を提出してきました.専攻ではすでに修士論文の提出も 発表も終わっているそうです.いつ行われたのかも知りません.とりあえず 4月からはちゃんと就職して働きますのでご心配なく.日本はやさしい国ですね.

さて,ここで大学に対する恨みつらみを書いてもしょうがないので, これから(日本の一般的な)大学・大学院を目指すという方に対して, これは考えておいた方がいいんじゃないかということを書き連ねておきます. 大学に入って6年しか経っていないし,学会にも行ったことのない人間の 戯れ言ですので聞き流しておいて下さい.

 

学問する気のない奴は大学に来るな

大学というのは「学問」をするところで「勉強」をするところではないと僕は考えます. ちょっと前の僕みたいに,大学の講義を高校の授業の延長で捉えていると,確かに 点数や単位は取れるし,知識や技術も身に付きますが,それは「学問をしている」とは 言いません.

大学は専門学校ではなく,「学の府」です.自らが信ずる「ビジョン」に基づいて 世界に,歴史に,大きくても小さくてもいいので一石を投じることがミッションの はずです.僕の様な態度の学生は大学ではなく専門学校へ行くべきです. それは「優劣」という話ではなく,「適性」とか「好み」です.大学の方が 専門学校より「優れている」とか頭の中で思っている人は,それがいかに つまらないモノの見方かを自覚した方がいいです(現状の大学と専門学校がどうであれ).

すでに就職予備校と化している大学も多いようです.どこの大学とは言いませんが, 先日電車内の広告で「いい企業に就職して親孝行ができます!」とデカデカと 書いている大学がありました.本部がそういう姿勢ならばさっさと名前を 「大学」ではなく「就職専門学校」にすべきでしょう.また,内部が実質的には 就職予備校となっている大学も多いのではないでしょうか.もしもあなたが 「学問」をしたいのであれば,そういう所は選ぶべきではないでしょう.

大学院への進学は良く考えてから

それでも大学は「学問」してなくてもまだ許されます.それは 入学時の年齢は大抵の人が18歳であり,そんな時期に「ビジョン」を持っていて 本心から「やりたいこと」がある人なんてほとんどいないでしょう.18歳はまだ 未成年です.通常,ガキにそんなことは分かりません.

しかし大学院は違います.大学院に進学するのは通常22歳.20年も生きて来て 何もやりたいことが出てこない人間(=僕)の様な人間は,学の府へ 来るべきではありません.一旦外へ出て経験を積み,きちんとビジョンを 得た上で行くのであれば良いと思いますが,大学院は大学とは違います.

僕は大学の学科と同じ研究室の大学院へ進みましたが, そういう安易な選択肢を取るのは考えものです.理学部の様に「卒論は書かなくていいよ, 修士も含めて3年で研究だから」みたいな態度のところはいざ知らず, 僕のいた工学部の様に,4年生で卒論を出させて一旦終了させるところでは, 無理して同じところに行く必要なんかありません(もちろん,その研究が 自分の「ビジョン」と合致していてなおかつ「学問」として必要なことで あれば,それは続けるべきでしょう).

むしろ続ける弊害の方が大きいです.大学院の大半も就職予備校です. 就職するためには規定の時期に修了せざるを得ないため,「やりたいことをやる」よりも 「やれることをやる」方が確実ですから,そういう道を取りがちです. 個人的には自分の能力・志向的に「やりたいこと」をやるにはまだ実力不足でした. だから就職するためには「やれることをやる」しか無かったです. しかし,卒業論文の時にすでに「やれることをやる」ことのむなしさを 知りました.それは「学問」ではありませんでした.

大学院に行くということは,就職のために行くのではないと考えます. そこには小さくても「学問」をするために行くのです.大学院によっては 授業は「出席」するだけで良いところもあります.授業なんかで時間を 取られるよりも,さっさと自分の研究室に戻って「やれることをやれ」という 姿勢なのでしょう.国立大学はすでに独立法人化しています. 利益を出さなければいけないですから,「やりたいことを探させる」時間を 中で持てるほど余裕もないのでしょう.いわんや私学をや.

従って,大学院に行くという選択肢は「やりたいこと」がある程度 明確な人が行くべきだし,そうでない人は仕事をして別の部分で社会還元でも しながら,じっくり探した方がいいでしょう.大学院でわざわざ お金を払って探すよりも,お金を稼ぎながらもっと貴重な体験をしながら 探した方がよっぽどお得です.22歳の頭で考えれば普通分かるはずです.

僕は残念ながら分かりませんでした.というか気づいた時は学部4年の 終了間際でした.仕方ないので,すでに合格していた大学院にそのまま 進みました.もしかしたら僕はここで学問ができるのかも知れないという 一縷の望みはありましたが,数ヶ月で違うことが分かったので修了は その時点で諦めました.今の僕はここで修士号をもらうべき人間ではありませんでした.

新卒採用という悪魔

ただ残念ながら日本の多くの企業は「新卒採用」を重要視しています. 従って,大学を卒業「してしまう」とその権利を失ってしまいます. 日本の就職活動に置いて,もっとも強いのは「どこの大学か」なんかよりも 「新卒である」ということです.

従って,僕みたいに大学を卒業してしまった人間が新卒採用を受けるには 大学院に進まざるを得ません.こればっかりは個人の力ではどうしようもない. そういう割り切りで修了まで突っ走れるタフな人であれば,どうぞ何の 懸念もせずに大学院に進んで,就職予備校生活を謳歌して下さい.

僕の様に大学院を捉えている人にとって,そういう選択肢は非常に つらい精神的なダメージを負うのでできる限りやめた方が賢明です. どうすべきかと言えば,入る大学院,もっと言えば研究室,さらに言えば どの先生のもとでやるのかを「真剣に」考えてから大学院に入るべきです. そのためなら1年プー太郎でも良かったなと今は思っています. 学部4年が終わるあの時期は,1年でも早く就職したいと思って焦ってしまいましたが, 1年ふらふらしてきちんと自分と相手を見つめ直して,適切な選択ができていれば, 1年後ではありましたが,このエントリのタイトルは「修士論文を提出してきました」に なっていたでしょう.

新卒採用にとって直前の1年プー太郎をしていたことは大きな大きな大きな大きな デメリットですが,大学院入試において直前の1年プー太郎していたことが なんのデメリットになろうか.その事実に気づくのが僕は遅かった.だから もし同じ様な境遇の人がいたらその助けになると思ってこのエントリを書いている意味も あります.

何度も言いますが,別に就職予備校でいいやというのであれば勝手にして下さい. そういうタフな人はまぁあまり考えずともなんとなく上手くいきます. 不器用な人は注意して下さい.焦って「死ぬ」必要はありません.僕が この2年間で何度「死にたい」とつぶやいたことか.その責任は外部にはないのです. 自分の「選択」が間違っていた,ただそれだけ.できるならばその「選択」の 前に一度熟考すべきですが,ミスしてしまったあとでも「選択が間違っていただけ」 ということに気づければ死ぬ必要はなくなります.道を降りることは可能です.

ここまで大学院の選択という話で書いてきた部分は本来的には「大学の選択」という 部分でも同じ話ができるはずですが,それをするのが18歳であることを考えれば ある程度許容されるかなという話です.できれば両親などごく近しい大人は 適切なアドバイスをして18歳の迷いそうな子羊をうまく先導してあげると良いでしょう.

捉え方は人それぞれ

結局,「大学」や「大学院」の捉え方によって様々にとるべき行動は変わるのでしょう. 「学問」をしたい人にとって「就職予備校」として来ている連中は今すぐ殺害したい 対象かもしれませんが,所詮認識の違いなので早まった真似はしないようにしましょう. また,捉え方は学部や専攻によっても大きく変化します.医学部などのように 半分専門学校・就職予備校の様な学部では,当然ながら学問することよりも まずは必要な知識・技術を身につけることが要請されます.こういう違いを捉えずに, 誤った学部の選択をしてしまうと,同じ「大学」に行ったはずなのに大きな ショックを受けることもあるでしょう.

大学に行く際は,自分が「学問をしたい」のか,それとも「就職予備校・専門学校に 行きたい」のか,きちんと把握してから行った方が,後々幸せです. 一旦「就職予備校」としての大学を出て就職して成長してから「学問をするために」 大学に入ってもいいと思います(逆はあるのかな?).ただ,日本の場合 学士入学がやたら多いですが,大学出てるのであれば大学院に行った方が いいと思います.アメリカの場合,学部の専門と全く違うところに行く場合でも Second Bachelor(第2学士)よりも大学院に入るのが普通と言う話を聞きました. まぁただ日本の大学院がアメリカと同じではないのであれですが….

単位卒業と論文卒業

最後に,少しだけ大学に対する文句を書かせて下さい.繰り返しになりますが, 「僕」は,「大学・大学院」とは「学の府」だと思っています.従って就職予備校の 意識で入る人間はあまり好きではありません.ただ,現状で大学が就職予備校を やっているので,まぁしょうがないかという風に考えることはできるようになって きました.

ただ,それだったら「就職予備校としての卒業」と「学の府としての卒業」は 分けるべきじゃないかと思ってます.具体的には,「単位卒業」と「論文卒業」を どの学部学科にも作る方がいろいろ都合がいいんじゃないかと思います.

単位卒業がないから,僕のいたところみたいに大学院に行っても授業は 出席だけで済んでしまう様に,授業の価値が下がります.だって,結局 論文がほぼ全てなんだから.就職予備校の気分なのに,出席するだけの授業なんて なんの為に学費払ってるのか分からないし.わけのわからない論文を書かされるのも 苦痛です.

逆に,学の府として卒業したい人にとって,論文が書けないなんてあり得ないので 論文が卒業に必須なのは当たり前です.文章が書けない人間は残念ながら「学」に 残ることはできないのですから.その人にとっても出席だけで終わる様な 授業はそりゃ出る意味がありません.

だから,卒業に必要な単位数は学生で一律にしつつ,卒業論文は「必修」から 外せばよいのです.卒業論文は現状でもかなり大きな単位数(10単位とか)を 持っているので,それを取るならば授業での単位は必要最低限取得すればいいし, 逆に卒業論文を取らない人にとっては,授業を必死で受けないと卒業できない ことになります.

就職活動を考えた時にも,企業の側もその人間が「学の府」として卒業したいのか それとも「就職予備校」として卒業したいのかがはっきり分かってメリットが 大きいと思います.社会的にも同じですね.「○○大学を卒業しました」だけじゃなくて 「○○大学を論文卒業しました」と「○○大学を単位卒業しました」では違う意味を 持ってくると思います.もちろん,当然ですが「優劣」ではありません.ここに 優劣を持ち込む様な人間は,しょうもない人間でしょう.

まぁこれは一つの案で,もしこうなっていたら幸せだったのになと思っただけの, ただの自己中に過ぎません.

おわりに

最後に,僕は所属していた専攻や研究室に感謝しています.日本的お優しい環境なので 学部4年の時から全くと言っていい程研究室に行かない人間をここまで籍を置いて くれていたことは感謝しています.ただ,その優しさが人を傷つけることがあるという ことも少しは自覚した方がいいのかも知れません.専攻や研究室自身も,自分たちが 「学の府」なのか「就職予備校」なのかをはっきりと示して,そぐわない学生を 取らない様にすべきじゃないでしょうか.客観的には卒業生の進路を見れば 大体わかるとは思いますが,なかなか外部の人には分からないものです.

今でも僕は「日本の大学」に行くべき人間ではなかったと思っていますが, まぁ行っちゃったものはしょうがないし,いろいろ楽しい経験もできました. ジョブズじゃないですが,後から振り返ればいろいろ繋がっていくのではないかと 思っています.

これまで人生でいろんな場面で「タイミングが遅かった」ということが多々ありました. 気づくのが遅かった,やってくるのが遅かったなどなど.今では,僕は 「そういう星のもと」に生まれたのかなと思う様にしています.それも一興. なにくそ,あとからなんとでもなるもんだし,タイミングがいいことばかりの 人には分からないことが分かるもんです.

ただ,80年しか時間がない以上,あまり無駄な時間は過ごしたくないものです. そこだけはタイミングがいい人はうらやましいなと思いますが,無い物ねだりは 何も生み出さないので,努力することを心がけるようにしましょう.

ということで,さようなら東京大学.就職予備校としてはもうあまり関わることも ないでしょう.学の府としてならまだ関わることがあるかも知れません.





by   http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733




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なかの人から見た大学と大学院がクソな理由
http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733

を読んで、なかの人から見て考えたことをまとめてみます。

ちなみに私は地方国立大学の複合領域系(文系とも理系ともどちらとも言いにくい)の准教授です。今年は卒修論それぞれ数本ずつ指導しました。

 




 

学問という産業

退学届けを提出されたriywoさんお疲れ様。

一応の大学人としては退学なさったのは残念とも思いますが、むしろ他の学生と違う選択を積極的に行ったその勇気に敬意を表したいと思います。(余談ですが、お金払って来ているのに、教授会で承認されないと退学できない仕組みってヘンですよね。893や新興宗教じゃあるまいし。)

上記エントリに関連してコメントさせていただくと、大学人としては、大学が「学問」の府であるというのは絶対に譲りたくない主張です。しかし、その一方でほとんどの大学の目標の1つに、高度な職業人を輩出することが上げられていることから、就職予備校という役割があることは社会的に見て当然のことではないかと思っています。

もっとも、常々私はこの議論の前提がおかしいのではないかと思っています。その前提とは、「学問」というのは崇高なもので、民間でのお金儲けとは違う。というものではないかというもの。教員をしていると常々思いますが、本当の意味で社会から必要とされていない研究は研究とは呼べません。その意味で全ての学術研究は何らかの社会的意義があり、社会的なコスト負担を伴って推進されるべきものです。ただし、その性質上そのリターンの回収が困難なので税金を使って基礎研究をやる必要がある。つまり公共財的な性質を持っているというだけの話ではないかと最近思うようになりました。

その点では、大学の教員も立派な普通の職業であり、大学も1つの産業セクターであることは間違いないです。そのために、少なくとも自分が価値あると思っている研究を推進するために、世の中の大学教員は(自分のポストも含めて)必要な資源(金、人、もの)をかき集めて成果を出すために必死になっているのです。公的な資金を使う事が多いというだけで、本質的な構造はビジネスと変わってないのです。その意味では、博士課程は研究者のための職業予備校みたいなものです(余談1)。


そのように書くとまるで私が学問を貶めているかのように思うかもしれませんが、もちろん人類の利用できる知識、認識を増加させる学問という行為はかけがえのないもので、かつ人間にとって根源的な欲求であると思っています。そのおかげで貧困をはじめとした様々な社会的問題を解決してきたのが人間の歴史だと思っています。

しかし、その一方で、何が何でも学問こそが唯一の価値であり、その他の様々な産業セクターより優れているという考え方は私は持ちません。小売業も金融業もそれぞれ社会で固有の価値を持っています。それと同じようなレベルの産業セクターだと思っています。もっとも、このような認識を一般の大学人は認めにくいでしょう。それはどの産業セクターも同じだと思いますが、自分たちのやっていることは他と比較して特別な価値があると考えているものです。

 

集中する権力

その点で、大学人が研究を神聖視するのは当然です。ただし、やっかいなことに大学というのは、優秀な能力と意欲を持った若者層を教育する機関でもあるのです。当然、教育課程を通じてその若者たちに学問のすばらしさを説きます。そして、場合によっては学問のすばらしさをわかってない学生にも研究上必要な作業の協力を得たりすることも多いのですね。その背景には大学で優秀な研究者が大学以外の民間企業の環境を知らない事も遠因になっています。(余談ですが、就活指導をする教員が通常の就活をしたことがないような事例はいくらでもあります。)

それがしばしばいわゆるソルジャー問題として噴出したりします。もっとやっかいなのは多くの(特に理系の)研究室で、学生に対して教員の持つ権限が専制的だということです。教員の取り替え(研究室変更)もなかなかできない。人間同士なのだから、相性の悪いことも一定の割合で発生するとは思うんですが。そこで、様々な問題が発生する原因にもなります。特に、先生の指導に根本的に問題がある場合は、若者の有為な数年間が残念な期間に成り下がるリスクがあります。なので、特に大学院(研究室といった方が適切か)の選択は慎重に行って欲しいものです。

反面、学部から大学院への進学は極めて容易になってきています。成績がそこそこあれば、無試験で進学できる制度を採用している大学が多い。特に学生が研究に対する意識や、自分の人生についてのしっかりした考えを持てないまま、3年冬の就職か?進学か?という選択を迫られたときに、もう2年のモラトリアムを延長するつもりで進学する学生が後を絶ちません。これは不幸の始まりです。

しかし反面で教員にとって、進学してくれる学生は一緒に研究をすすめていく上で重要なパートナーです。場合によっては箱入り娘よろしく、専門分野以外の世間をあまり見せないようにする、一方で研究のすばらしさのみを説き続け、研究活動に全ての資源を投入するように誘導している教員も散見されます。特に理系では伝統的に就職活動に時間を取られないよう、大学(教授)推薦による就活を主体にしているところも多いのではないでしょうか?もちろん推薦にも一定のメリットはあるのですが、推薦先を決定する権限を持っている教員に(研究指導も含めて)過度に権力が集中しているのでは?という疑念を抱かずにはいられません。

 

学生のモラトリアムと画一的教育

個人的には、そのような権力が教員サイドに集中する環境にいる、(いわば「学問」という名の宗教的な組織にいる)学生が、もっと自発的に自分たちの人生や将来をよく考えた上で、大学のあり方について自ら対抗して欲しいような気持ちもあります。ですが、現状の学生の問題意識や行動様式を見るにそれは難しいことのような気もします。

それどころか、就活までの時間的猶予がある時期に、進路についてよく考えなさいと指導をしても、全く考えようとしない学生が多いのには困ります。(もちろん私個人の指導力不足も原因。)一例として、大学で勉強したこととその社会的な評価によって、生涯賃金ベースで数千万円は平気で変わってくると説明しているのですが、うまく伝わらないという問題を抱えています。結局のところ、適当に卒業すれば自分の人生何とかなると考えている節が見受けられるのですが。

そして、適当に卒業させてしまう大学もよくありません。

http://d.hatena.ne.jp/next49/20090222/p2

先日上記のnext49さんのエントリに大量のブクマがつきました。

同業者として、next49さんぐらい学生のことを考えてくれる教員に指導される学生はいいな等と、興味深く眺めていたのですが、私の疑問はなぜ自分で考える事ができない学生を無理矢理にでも卒業させてやらなければならなかったのか、またそうさせてしまう深刻な大学の持つ雰囲気です。

自分自身そのような環境にいますから、卒業論文以外の単位と内定先をそろえた学生に卒論で不可をつけることがかなり難しいことは百も承知なのですが。自分で考える習慣を身につけられなかった学生にもっと考える時間を与えることが望ましいと思うのですが、今の日本の大学のもつ雰囲気としては、無理矢理にでも卒業させようというところが多いです。自分の大学ですとそうなった場合指導教員が内定先にお詫びの連絡を入れる風習があるそうです。なぜ教員がお詫び?というのは不思議で可笑しいです。(自分はまだやったことがないですが。)

この問題はかなり根が深くて、大学の最短修業年限にこだわる学生と「(留学などの特別な事情がないのに)留年する学生は要領が悪い?」と社会が見なしていることが問題のように感じています。ホントかどうかわかりませんが、留年生が増えると文科省の評価が下がるということを同僚から聞いたことがあります。学生の学ぶペースはそれぞれで、遅ければ遅いなりにしっかり本質を獲得する可能性もあるのに、とにかく画一的な年限で卒業させようとする雰囲気が強いのは困ります。

優秀な学生も、学習内容の獲得に時間がかかる学生も、外部から見たら区別がつかないのが今の大学の現状ではないでしょうか。(もちろん社会が大学で学ぶことにそもそも期待していない(と考えている)風習も遠因でしょう。でも本当にそうなら、卒論が未了で卒業できない学生でも企業に採用して欲しいものです。)その点では、それに限らず、様々なところで大学教育の画一性が現場で深刻な混乱を招いています。文科省の大学設置基準をはじめとした時代にそぐわない規制が未だに現場を支配しているのが現状です。もっとも、文科省の責任になすりつけるのは不本意で、大学のなかの人のマネジメントが成功しているとは言いにくいという点も付記しておかないと不公平でしょう。

なんだか天に唾するエントリになってしまいましたorz

 

余談1)について

ちなみに、博士課程進学者の就職難が問題になっていますが、個人的には研究者というのはリスクの高い商売で、小説家に近いような印象を持っています。小説家が作品のセールスに失敗しても誰も同情してくれませんが、博士課程に進学したのに満足に仕事もないと文句を言う人が多いのは、博士課程という高学歴が社会的成功と線形の関係を持つと考えている人が多いのでしょう。実際には研究テーマも自由に決められるのだし、そんな単純なものではないと思います。もっとも、一度終の棲家に就職してしまえばサラリーマンですが。

 





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屁股決定腦袋      真他媽噁心    啐

 



 
philinia @ 2011-02-14 00:30

你见,或者不见我
我就在那里
不悲不喜
你念,或者不念我
情就在那里
不来不去
你爱,或者不爱我
爱就在那里
不增不减
你跟,或者不跟我
我的手就在你手里
不舍不弃
来我的怀里
或者
让我住进你的心里
默然 相爱
寂静 欢喜



 
philinia @ 2011-02-14 00:20

我伤心    太伤心了    为什么我总是要伤心   我不要这样  T_T

我管我用什么语气  如何说   严肃的语气  轻松的语气  强硬的语气  旁敲侧击   都没用  什么都没有

每次都一样

我想象不出我究竟还有什么存在的价值   

丝毫感觉不到被重视

根本不存在的东西的话   当然也就感觉不到吧



 
philinia @ 2010-08-26 05:34

感謝網友kinnsan熱情翻譯


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這是今敏導演的遺書翻譯
剛剛看到淚流不止,我就決定要翻了
因為是直接翻過就貼上來的,加上心亂如麻,如有什麼錯誤還請見教

補上連結:
今敏導演的官方blog:
http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565
因為被連結擠爆了所以看不到
可以看下面這邊的轉貼:
http://www.niseko.net/nobuo/archives/4165
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再見了。

今年的5月18日,是我忘不了的日子。
這一天,武藏野紅十字醫院心臟內科的醫師作出如下的宣告:
「你是脾臟癌末期,癌細胞已經轉移至全身各處骨頭,最多只能再活半年。」
我跟內人一起聽到這番話。命運實在太過唐突、太過沒有道理,使我們倆幾乎無法
獨力承受。
我平常心裡就在想:
「隨時都有可能會死掉,這也是沒辦法的。」
但這未免太過突然了。

不過,或許真的可以說是有事先徵兆。2~3個月前,我整片背部各處,以及我的腳跟等
部位都出現劇烈疼痛,右腳也使不上力,走路更出現了很大的困難。我有找過針灸師與
整脊師,但狀況並未改善。經過MRI(核磁共振)與PET-CT(正子斷層掃描)等等精密
儀器檢查的結果,就是剛剛那段「只能再活半年」的宣告。
這簡直像是回過神來,死神就站在背後似的,我實在也是束手無策。

宣告後,我與內人一同摸索活下去的辦法。真的是拚了老命。
我們得到了可靠的友人以及無比強力的支援。我拒絕抗癌劑,想要相信與世間普遍觀念
略略不同的世界觀活下去。感覺拒絕「普通」這點,倒還挺有我的風格的。反正多數派
當中也沒有我的容身之處,即使是醫療方面也一樣。同時這次也讓我體認到,現代醫療
的主流派背後,究竟有著什麼樣的機制。
「就在自己選擇的世界觀當中活下去吧!」
可惜,光靠一股氣力是沒有用的,這點跟製作作品時一樣。
病情確實一天天的惡化。

同時我也算是一個社會人,因此平常的我也大約接受了一半的世間普遍世界觀。畢竟我
也會乖乖的繳納稅金。就算不足以自傲,我也夠資格算是日本社會的成員。
所以在與我「活下去」的世界觀作準備的同時,我也打算著手
替我的死亡作準備」。
雖然完全沒有就緒就是了。
準備之一,就是找來兩個值得信賴的朋友協助,成立一間公司,負責管理今敏微不足道
的著作權。
另外一項準備就是,寫好遺囑好讓我並不算多的財產能順利地讓內人繼承。當然了,我
死後應該是不會發生遺產爭奪戰,但我也想替獨活在世界上的妻子盡可能除去不安,這
樣我才能稍微安心地離開。

各種手續,我與內人都很頭痛的事務處理、事先調查等等,由於超棒的朋友相助,進行
得十分迅速。
後來我併發肺炎的危急情況當中,意識矇矓地在遺囑上簽下最後的名字時,我心裡總算
是覺得:這樣死掉應該也可以了吧。
唉…總算能死了。
畢竟在兩天前就被救護車送到武藏野紅十字,過了一天又被救護車送到同一間醫院。也
因此住院作了詳細檢查。檢查結果是併發了肺炎,肺部也有嚴重積水。我跟醫生問了個
究竟,他的回答倒是挺官腔的。就某方面而言,也挺感謝他的。
「頂多只能撐個一兩天……就算熬了過去,最多月底就不行了吧。」
聽著聽著我心想「怎麼講得跟天氣預報一樣…」不過事態確實越來越緊急了。
那是7月7日的事。這年七夕也未免太殘忍了。

所以我很快地下了決定:
我要死在家裡。
或許對我身邊的人而言,最後仍然給他們添了很大的麻煩,好不容易才找到能讓我離開
醫院回到家裡的方法。
一切都多虧了我妻子的努力,醫院那看似放棄卻又真的有幫到我的實際協助,外部醫院
的莫大支援,以及屢屢令人只能認為是「天賜」的偶然,甚至讓我無法相信現實當中的
偶然與必然,竟然能這麼巧合地環環相扣。畢竟這又不是「東京教父」啊。

在我妻子替我設法離開醫院奔走時,我則是對醫生說「就算一天也好、半天也好,只要
我留在家裡就一定還有辦法!」說完後我就一個人留在陰暗的病房內等死。
當時很寂寞,但我心裡想的卻是:
死或許也不算壞。
這想法不是出於什麼特別的理由,或許是因為如果不這麼想我就撐不下去了吧,但總之,
當時我的心情是連我自己都非常驚訝的平穩。
只有一天讓我說什麼都無法接受。
「我說什麼都不想死在這種地方……」
此時眼前掛在牆壁上的月曆開始晃動,房間看起來越來越大。
「傷腦筋……怎麼是從月曆裡跑出來接我走呢。我的幻覺真是不夠充滿個性。」
此時我的職業意識仍然在運作,令我忍不住想笑。但此時或許是我最接近「死亡」的一
刻吧。我真正感覺到死亡的逼近。
在「死亡」與床單的包裹之下,加上許多人的盡力而為,我奇蹟似地逃出了武藏野紅十
字,回到自己家中。
死也是很痛苦的。
我先聲明,我並不是批評或是討厭武藏野紅十字醫院,請各位不要誤會。
我只是想要回自己家而已。
回到那個我生活的地方。

有一點讓我略為吃驚。就是當我被送到家中客廳時,居然還附帶了臨死體驗中最常聽到
的體驗:「站在高處看著自己被搬到房間內的模樣」。
大概是站在地面上數公尺的地方,用有點廣角的鏡頭俯瞰著包含著自己的風景。房間中
央的床鋪的四角形,給了我特別大的印象。被裹在床單內的自己,放在那塊四角形上。
感覺並不怎麼小心翼翼,不過也沒什麼好抱怨的。

我本來應該是在家裡等死的。
沒想到。
我似乎是輕輕鬆鬆地翻過了肺炎這難關。
哎呀?
我居然這麼想:
竟然會沒死成啊(笑)
後來滿腦子都只有「」的我,覺得只有一次真正死掉。
在朦朧的意識深處,「reborn」這個詞彙晃動了數次。
不可思議地,第二天起我的氣力再度啟動了。
我覺得這一切,都是我妻子、來探我的病分我一份元氣的那些人、來替我加油的朋友、
醫師、護士、看護等等所有人的功勞。我打從心裡這麼想。

既然活下去的氣力都再度啟動了,我就不能繼續模模糊糊地下去。
我謹記這是多分到的一段壽命,所以我更得好好運用。
同時我也想要至少多還一份人情。
其實我罹患癌症這件事,我只告訴了身邊極少數的人,連我雙親都不知道。特別是這會
替我的工作製造許多麻煩,所以我說也說不出口。
我本來也想上網宣布我得了癌症,每天跟大家報告我剩餘的人生,但因為我擔心今敏即
將死亡這事說來雖小,卻也會造成許多影響,也因此非常對不起身邊的親朋好友。真的
是非常抱歉。

死前,我還想再見許多人一面,跟他們說幾句話。
這段人生當中,我有家人,親戚,從國小國中開始交往的朋友,高中同學,大學認識的
同伴,在漫畫的世界當中結識並交換許多刺激的人們,在動畫的世界中一同工作、一同
喝酒、用同樣的作品刺激彼此的技術、同甘共苦的眾多同伴,由於擔任動畫導演得以認
識的無數人們,以及世界各地願意自稱是我的影迷的許多貴人。還有透過網路認識的朋
友。

如果可以,我還想見很多人一面(當然也有不想見到的人)。但是見了面後,感覺我腦
子裡「我再也見不到這個人了!」的想法會累積得越來越多,讓我沒有辦法乾脆地赴死。
同時即使略為恢復,我所剩的氣力也不多了,要見別人的面需要莫大的決心。越想見面
的人,見到面卻越痛苦,真是太諷刺了。
再加上,由於癌細胞轉移到骨頭上,下半身開始麻痺,我幾乎無法下床。我不想讓別人
看到我瘦成皮包骨的模樣。我希望許許多多的朋友記得的能是那個還充滿元氣的今敏。
不知道我病情的親氣、所有朋友、所有認識的人,我要藉這個場合跟你們道歉。但我真
的很希望你們可以理解今敏的這份任性。
因為今敏本來就是「這樣的傢伙」嘛。
想到你們的臉,我的腦子裡就湧現許多美好的回憶與笑容。
真的非常感謝大家給了我這麼棒的回憶。
我好愛自己生活的這個世界。
這樣的想法,本身就是一種幸福。

在我的人生當中認識的不算少的人們,無論影響是正面或是負面,都是構成「今敏」這
個人的必要成分,我要感謝所有的邂逅。雖然結果是我四十幾歲就早逝了,但我也認為
這是無可取代的我的命運。同時我也有過十分多的美好經驗。
現在我對於死,只有這個想法:
也只能說遺憾了。
是真的。

雖然我可以把這麼多的虧欠想成是無可奈何的,並且放棄,還是有件事讓我說什麼都過
意不去。
就是我的雙親,以及MAD HOUSE丸山先生。
一方是今敏的親生父母,另一方則是動畫導演方面的再造父母。
雖然是有點遲了,除了坦白相告,我也沒有其他方法可選。
當時我真的希望獲得原諒。

看到丸山先生來到家裡探望我時,我控制不了我的淚,也控制不了自慚形穢的想法。
「對不起,我居然變成這樣……」
丸山先生什麼話也沒說,只是搖搖頭,握住我的雙手。
讓我的心裡充滿了感激。
能夠跟這位先生一起工作的感激之情,化為無法訴諸言語的歡喜,怒濤般地席捲而來。
這話聽起來或許十分誇張,但我真的只能這麼形容。
或許只是我個人妄想,但我真的覺得有一舉獲得原諒的感覺。

我最放不下的,就是電影「做夢機械」。
電影本身固然如此,所有參與的工作人員也讓我非常的掛心。因為搞不好,一路上含辛
茹苦畫出來的畫面,是非常可能再也無法被任何人看到的。
因為原作、腳本、角色與世界觀的設定、分鏡、印象音樂……等等所有的想法都在今敏
一個人的心中。
當然了,有很多部分也是作畫監督、美術監督等等許多工作人員所共有的,但基本上這
部作品只有今敏知道是在搞什麼,也只有今敏做的出來。如果說會變成這樣全都是今敏
的責任,那我也無話可說;但是我自認我也是付出了不少的努力,希望能跟大家一起分
享這個世界觀的。事到如今,我的不對實在令我椎心刺骨地痛。
我真的覺得很對不起各位工作人員。
但我希望你們稍微理解。
因為今敏就是「這樣的人」,也才有辦法作出濃縮了許多與其他人不一樣成分的動畫。
這說法或許十分傲慢,但請各位看在癌症的面子上就原諒我吧。

我並不是茫然地等死,我也在拼命地絞盡腦汁,好讓今敏亡後作品也能繼續存續。但這
想法也太單純了。
我跟丸山先生提到我對「做夢機械」的掛念,
他只說了:
「放心,我會替你想辦法的,不用擔心。」
我哭了
我真的痛哭了。
過去在製作電影時、在編列預算時,都欠了他不少人情,最後總是丸山先生在替我收拾
善後。
這次也一樣,我一點進步都沒有。
我跟丸山先生有很多時間長壇。也因此,我才稍微實際體會到,今敏的才能與技術在現
在的動畫業界當中是十分珍貴的。
我好惋惜這些才能。我說什麼都想要留下來。
不過既然The MADHOUSE丸山先生都這麼說了,我總算能帶點自信,安心地走了。
確實,不用別人說我也單純地覺得,這怪點子以及細部描寫的技術就這麼消失了真的很
可惜,但也沒辦法了。
我衷心地感謝給了我站在世人面前機會的丸山先生。我真的很感謝你。
以動畫導演身分而言,今敏也夠幸福的了。

告訴雙親時真的非常的痛苦。
其實我也想趁著還能自由行動時,自己前往札幌,跟雙親報告我得了癌症這件事,但病
情惡化的速度實在快得可惡,最後我只能在最接近死亡的病房內,打了通唐突至極的電
話告訴他們。
「我得了脾臟癌,末期了,馬上就會死。能當爸爸媽媽的孩子我真的很幸福。謝謝你們。

突然說出口的話,並沒有醞釀很久,畢竟當時我已經被將死的預感給包圍了。

直到我回到家,好不容易度過肺炎難關時。
我下了很大的決心,才決定與雙親見面。
雙親也很想見我。
見面反倒痛苦,我也沒有氣力見面……但我說什麼都想看看他們的臉。我想當面跟他們
說,我很感謝他們生下我。
我真的很幸福。
雖然說我的生命走的比別人快了一點……這點讓我對妻子、對雙親、對我喜歡的人們都
很不好意思。
他們很快地就回應了我的任性。第二天,我的雙親就從札幌趕到我家。
剛看到我躺在床上,我媽脫口而出的那句話我畢生難忘。
「對不起!我沒有把你生成一個健康的孩子!」
我說不出第二句話。

跟雙親生活的日子並不算長,但已經夠了。
我覺得他們看到我的臉,就能明白一切,事實上也是如此。

謝謝你們,爸爸,媽媽。
能夠以你們兩人的孩子的身分誕生在這個世界上,是無比的幸福。
數不盡的回憶以及感謝,充滿了我的胸膛。
幸福本身也很可貴,但我更感激不盡的是,他們讓我培養出能感受到幸福的能力。
真的很謝謝你們。

早父母一步先走非常不孝,不過這十幾年當中,我以動畫導演的身分充分施展自己的本
領,達成了我的目標,也得到了相當的評價。唯一遺憾的是不算很賣座,但我覺得已經
足以報答他們。
特別是這十幾年來,我的生命密度是別人的好幾倍。這一點我相信雙親跟我一定都知道。

能夠跟雙親與丸山先生直接對話,讓我卸下了肩頭上的重擔。

最後,是比誰都讓我掛念,卻又直到最後都極力支撐我的妻子。
接受醫生的宣告後,我們兩個人對泣數次。這段日子,每天對我們的身心都是煎熬。甚
至無法用言詞形容。
可是,我之所以能夠熬過這些痛苦又無奈的日子,全都是因為醫生的宣告後,妳說的那
番強而有力的話:
我會陪你走到最後。
妳這話一點都沒有錯。彷彿是要擺脫我的擔心似的,面對那些怒濤般從各處湧來的要求、
請求,妳整理得井然有序,同時妳一下子就學會了如何照顧自己的丈夫。妳精明幹練的
模樣,讓我非常感動。
我的妻子好厲害啊!
都到這個地步就別說這些了?不不,是因為我深切體會到,妳比我一直以來所認為的都
還要厲害。
我相信在我死了以後,妳一定也能很順利地將今敏送走。
回想起來,結婚後我每天都忙著工作工作,現在想想唯一悠閒地待在家裡的日子,就是
罹癌之後,也真是太過分了。
可是,我身旁的妳非常明白,忙於工作的人就是有所才能的人。我真的很幸福,真的。
無論是活著的日子,還是迎接死亡的日子,我對妳的感謝都無法訴盡。謝謝妳。

還有很多事情讓我掛心的,但是一一細數就沒完沒了了。萬事都需要一個結束。
最後,是我想現在應該很難接受的……答應讓我在家裡接受癌末照護的主治醫師H醫師,
以及他的太太護理師K女士,我要對你們致上深深的謝意。
雖然在家裡進行醫療是非常不方便的,但你們仍頑強地替我想出各種方法緩解癌症帶來
的疼痛,在死亡逼近時你們也極力設法讓我過的更舒服一點,這真的幫了我很多。
不光是如此,面對這個不光是麻煩,態度也異常高傲的病患,你們跨越了工作的框框,
用更人性化的方式幫助我們。真不知道該說是你們支撐著我們夫妻,還是拯救了我們。
同時醫師賢伉儷的人品也不時地給了我們鼓勵。
真的非常非常感謝你們。

這篇文章也到了最後了。在5月半知道我壽命所剩無幾時起,不分公私給了我們異乎尋常
的盡力協助以及精神支援的兩位朋友,株式會社KON’STONE的成員、同時也是我高中時
起的好朋友T先生,以及製作人H,我要衷心感謝你們。
真的很感謝你們。從我貧乏的語彙庫當中,很難找出適當的感謝詞,但我們夫妻都深受
你們的照顧。
如果沒有你們倆,我的死恐怕會更加痛苦,同時在一旁照顧我的妻子也恐怕會我吞噬吧。
真的一切都受你們的照顧了。
儘管一直承蒙照顧,但不好意思,能夠請你們協助我的妻子,一直到我死後出殯嗎?
這樣一來,我也能安心地「上飛機」了。
我衷心地拜託你們。

最後,感謝一路閱讀這篇落落長文章的讀者,謝謝你們。
我要懷著對世上所有美好事物的謝意,放下我的筆了。

我就先走一步了。

今 敏


 
 
The world is not beautiful....therefore it is.....

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三叶三叶草是爱情
而四叶的三叶草将轻轻地告诉你   幸福就在你身边  ♫ ♪


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